留学紹介

盛 崇太朗

University College London (UCL), Institute of Ophthalmology (IoO),Translational Vision Research (Professor Francesca Cordeiro), UK (2021.9-) その②

ロンドンに来て1年が経過しました。今年は、イギリスの研究生活について述べたいと思います。
今回は真面目な話なので、時折話とは関係ないロンドンの写真を混ぜています。そちらもお楽しみください。

日本とイギリスの研究者としての生活は様々な違いがあります。一つ目が、海外では大学院生といえども給料が支払われることです。
しかしそんな有給のこちらの大学院生ですが、まだまだモラトリアム、研究者としてのプロ意識に欠けるなというのが我がLabの大学院生の印象です。
原因としてロンドン大学では、PhDの卒業要件として筆頭著者である査読論文が必要となっていないためと当初は感じていたのですが、
他のLabの院生は、夜遅くまで実験していたり土曜日もほぼmustで研究室に来ている熱心な方々もいたりしますので、
イギリスのというよりも我がLabの大学院生は全員Bossが運営する
Research Companyへの就職が内定している、ということが彼らのモチベーション不足に影響しているのかもしれません…。

二つ目の日本との大きな違いが、自分のLabだけで完結する研究は少なく、
他のLabとのcollaborationが多くコラボに至るまでの垣根が非常に低い、という点です。
それぞれのLabの得意分野で勝負することでデータの信頼性も得られ、また結果的に研究の進捗が早くなるのだと感じます。
しかしこれにはデメリットがあり、眼前のプロジェクトに対して大学院生やFellowの「これは自分の研究である!」
という気概が失われる一因だと感じます。昨今やたらと共著者が多かったり、co-first authorが4人もいるような論文を目にしますが、
これはこうした研究システムの別な側面での弊害であると感じます。

三つめが、自己アピールが非常に重要だという点です。日本で美徳とされる不言実行はmeaninglessです。
カンファや学会でも、常に何らかの発言をして、「I am here!」というアピールが重要です。
どうも日本人はここが苦手であり、他の人種から見るとmysteriousな印象になりがちです。
他Labの南欧系(スペイン, イタリア, ギリシャなど)のPhD studentsが英語は私から見てもあまり上手ではないにも関わらず、
世界的な研究者の講演を途中で止めてまで質問している姿を見て、
日本人が学ぶべきなのは英語力を気にせず積極的に発言するという南欧系のmindsetなのでは、と考えるようになりました。
彼らからすると自己アピールをすることで、将来の論文のacceptやひいてはポスト獲得まで目論んでおり、イギリスで研究者として生き残るために必死なようです。

これらの研究生活の違いは、おそらくアメリカでも共通だと思います。次に、イギリスの特徴と思われる部分について述べます。
まず、やはり昨今のイギリスのbig newsはBrexitです。これは研究面にも影響を及ぼしており、
Horizon Europeを始めとするEUからの研究資金の割り当てから外れた(科研費のシステムが急に消失したようなものです)こともあり、
現在イギリスの殆どのLabは研究資金が潤沢ではありません。
一部イギリスの研究者からこうしたことに対する懸念は表明されていますが、政府は北アイルランドの国境をどうするのか、
貿易通商協定についてなど、急いで解決すべき大きな課題もまだまだ山積している状況で、この研究資金問題にまでなかなか手が回ってないようです。
先日とある調査で、イギリスの大学院生の給料が年間£15,000(≒約250万円)であるのに対して、
ドイツの大学院生の給料が€34, 000(≒約500万円)なので約半分という報告が出されました(だいたい相場はfull-timeの研究員の50-70%程度らしいです)。
ただ英語で教育と生活が受けられるというadvantageのおかげで、
安い給料でも応募者が減っているという状況ではないようです
(イギリス人はヨーロッパで最も第二言語習得率が最も低く、また私も共感しますが英語で生活環境が成り立つことは非常に助かります)。
そうした昨今の金欠的な研究環境のせいか、ロンドン在住の日本人研究者の会に参加した際の話として、
私をはじめとするかなり多くの日本で学位を得た後渡英したポスドクが、英国内で無給で働いているというのが現状のようです。

またアメリカに比べて億規模の大掛かりなGrantの数は少ないと思います。
その分少額のCharity系のGrantやFellowshipが多く、
我がLabも全く研究には関係ないMarks and Spencerという会社
(日本では衣料品ブラントとして知られていますが、こちらはスーパー事業としての方が有名です)から支援を受けています。

日本もこういった研究に関係ない企業も慈善事業として積極的に大学に投資をするようになると、研究環境が変わる気がします。
もう一つの英国の特徴が、文化・主義を世界に先駆けて発祥する国だとしての自負が強い国だという点です。
ヴィーガニズムの発祥はロンドンであり、LGBTのための祭りである世界最大のPrideと呼ばれるイベントが行われているのもロンドンです。
実はこのような21世紀型とも表現できる新しい考え方は、研究の面でも影響を及ぼしております。
イギリスは世界で最も先進的な動物福祉の考え方が普及している国です。
例えば多くの一般イギリス人は動物実験に対して懐疑的な見方をしており、約1/3のイギリス国民が全ての動物実験を中止すべきだと考えているそうです。
それゆえ動物実験は内務省(Home Office)によって厳しく管理・指導されており、例えばネズミの尻尾を掴んで持つ事は禁止されています。
筒の中にネズミを収めて移動させるか、動物舎内では全身滅菌ガウンを着ているので、腕に乗せストレスを与えないように移動させる必要があります。
また私は網膜電図(ERG)の研究もしているのですが、
ERGを測定する際に行っていた日本で当たり前に行っていたマウスの髭を切るという行為が認められないのは非常に驚きでした。
現在イギリスの研究計画書では、マウスを使った実験をする際には、
なぜそれが非脊椎動物(ゼブラフィッシュなどを推奨)では出来ないのか記入しないといけない欄があります。
またこれはイギリスで臨床を行っている先生からの伝聞の情報ですが、患者の権利意識も強く、
様々な研究への参画の呼びかけにも拒否する割合が日本よりもかなり多いらしいです。
実際、イギリスの研究においては一切opt-outは認められずopt-inが基本です。

次にワークライフバランスについても、イギリスの取り組みは考えさせられます。
ロンドン大学(UCL)ではたとえ24時間利用ライセンスを持っていたとしても、
今年から平日は朝7時から夕10時まで、そして週末や休日は朝8時から夕方4時までしか研究施設に入れなくなりました。
時間外の研究活動はUCLに貢献しているはずであり、ここまで制限するのは自分で自分の首を絞めているような気もしますが、
従業員の心身の健康を守る倫理観の方が重要なのでしょう。

先ほど一部の研究者は夜間や土日にも研究室にいると述べましたが、PI(Boss)がアジア系になるとそういった研究者が多い印象です。
働いている分にはこうしたワークライフバランスの尊重はありがたいですが、サービスを受ける側の一市民の視点からすると弊害も多々あります。
モノの値段が高くなりますし、スーパーに行っても目当ての商品が売り切れていることもしばしば、
急なサービス停止(スーパーやレストランは勿論のこと、公共交通機関やインターネット、水道まで!)も頻繁でアフターケアも全然手厚くありません。
おかげでサバイバル能力は高まるので、例えばAmazonで注文して家に商品がきちんと届く、そして商品が壊れていない、という事だけで喜べる人間になりました。
日本も働き方改革が叫ばれていますが本気で達成するのであれば、郵便物が届く確率が97%程度であることを許容したり、
歯医者の予約を1-3年待つようなサービスが低下した生活を国民全体として覚悟しないといけないと思います。

今回は私から見たイギリスの研究環境という内容ですが、私の話はあくまでも一個人の体験であり、一般化には限界があるので差し引いてください。
そして是非後輩の皆さん、自分の目で海外での研究生活を送り、日本の状況を省みるという留学を前向きに捉えて欲しいと思います。
欧米人に比べて、日本人の責任感・正確性・緻密さは誇れる分野だと思います。

毎日サボらず仕事に来る、言われた提出物を期日までに納める、こういう社会人として当たり前とされている基本的な事を守るだけで、
海外のあなたはLabの中で優秀な奴と評価されると思います。
また、日本という国自体が、健康的な日本食、犯罪率の低さ、そしてアニメやゲームの影響で、殆どの欧米人から好印象を持たれていることが多いです。
百聞は一見に如かず、神戸大眼科の留学記を書いてくれる先生がどんどん今後現れることを期待しています。

過去の主な留学研究者

中村 誠
Pennsylvania State University, College of Medicine, Department of Ophthalmology, and Cellular and Molecular Physiology, USA(1999.10.1-2001-9.30)


中西 裕子
Wilmer Eye Institute, Johns Hopkins University School of Medicine, USA Post-doctoral Fellow(2003.12-2006.3)


楠原 仙太郎
University College London (UCL), Translational Vision Research (Professor David Shima), UK (2012.6-) ≫留学記を見る


金森 章泰
Department of Ophthalmology & Visual Science, and Pathology & CellBiology, University of Montreal, Canada (2008.6.1-) ≫留学記を見る


今井 尚徳
Pennsylvania State University, College of medicine, Department of Ophthalmology, and Cellular and Molecular Physiology, USA(2007.7-2009.8)


近藤 直士
The Wilmer Ophthalmological Institute of the Johns Hopkins University School of Medicine, USA (2009.4.1-) ≫留学記を見る


栗本 拓治
Research fellow, Laboratory for Neuroscience Research in Neurosurgery and F. M. Kirby Neurobiology Center, Children's Hospital, Boston, Harvard Medical School ,USA(2008.9-2010.8)


三木 明子
The Wilmer Ophthalmological Institute of the Johns Hopkins University School of Medicine, USA (2009.9.1-)



松宮 亘


Byers Eye Institute, Department of Ophthalmology, Stanford University School of Medicine, USA(2019.10.27-) ≫留学記を見る その①
Byers Eye Institute, Department of Ophthalmology, Stanford University  School of Medicine(2019.10.27-) ≫留学記を見る その②



盛 崇太朗


University College London (UCL), Institute of Ophthalmology (IoO),Translational Vision Research (Professor Francesca Cordeiro), UK (2021.9-) ≫留学記を見る その①

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